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May 26, 2006

スローなユビキタスライフ

図書館で借りてきて読んだのだけれど、予想外に泣けてしまった。
まさかこれで泣けるとは思わなかったわ。
いや、普通はあんまり泣くところはないのかも知れませんが…。
やっぱりどんなに時代が発達しても、人間が人間であることになんら変化があるわけでなし、自然とのかかわりっていうのは忘れちゃいけないよね。
むしろ強くなっていかなきゃいけない。
それからコミュニケーションの大切さ。
毎日新聞のコラムで子供は動物として完成させろって書いてあったものがあったけど、あれは納得。
多分、そういう経験が無いと命の重みとか、生っていうものに実感がわかないんじゃなかろうか。

子供の頃は、雨が降ったら水溜りに笹舟を浮かべる楽しみがあったし、カタツムリの角をいじるのだって楽しかった。
今でこそ虫が嫌いになっちゃったけど、子供の頃は平気でバッタもカマキリも捕まえてた。
トンボを捕まえて羽をもいじゃったことだってある。
今にして思うとなんて残酷な事を!と思うのだけれど…。
蟻の列を観察したり、砂糖をあげてみたり巣に意地悪してみたり、雑木林に分け入って山葡萄の実をもいでハンカチ染めたり、紫露草の汁で絵を描いたり出来たことはラッキーだったなぁと思う。
合成着色料や絵の具の色とは違う、本当の自然の色の鮮やかさ。
あれは植物の命の色だった。
そう思えるのも、花弁の繊細で柔らかな感触を指先が知っているからだし、指についた汁の色も花の香りも、肉体の記憶とともに残っているからなんだと思う。

そういう生の体験がなーんにもなくて、バーチャルだけで理解したような「つもり」になれる世の中が来るのかしら。
それでも、何の疑問も感じないで大人になる人も居るのかもしれないけれど、本の中に出てくる少年のように、気づいてしまった子供はかえって不幸だ。
でも、便利になることは悪いことじゃない。
それを利用しなければいけない時だって、感謝する時だってあるのも分かる。
その線引きが難しいけど、やっぱり何を基本に考えるかがシステム作りで大切なことだって事を言いたいんだろうな。
人が人らしく生きるためのシステム。
自然や人との繋がりを広げていけるシステム。
ほんとうにそんな風に発展していけたらいいね。
ユビキタスの意味は、「(神は)あらゆるところに存在する」*というラテン語が語源だそうです。
八百万の神様は日本に昔から居るじゃないですか。
IT技術の話なのに、上橋 菜穂子さんの「月の森に、カミよ眠れ」を思い出しました。
彼女の講義受けてみたかったな。
残念!

*「スローなユビキタスライフ」関根千佳著のトビラより

投稿者 melissa : May 26, 2006 01:45 AM


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