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November 14, 2008

表裏一体

この間、とある方に自分を信じることと疑うことは表裏一体と言われて、はて?と思い、良くわかりませんと答えたのだけど、その後で良く良く話を聞いてみたらやっと意味を理解することができた。
つまり自分を疑うというのは、相手を通して自分を見る、と言うことね。
それならしょっちゅうやっていると思うわ。
果たして自分の言っていることは正しいのか?と自分の概念を疑うなんて日常茶飯事…。
大抵、自分に対して懐疑的で自信がないからな。良くやる良くやる。
とはいえ疑えるということは、自分が信じているものがあるということだから、表裏一体になるってことか。
なるほどー。
そもそも自分が無ければ、相手の言うことをただ受け入れるだけで再構築する必要が無いものね。
世の中にはまっすぐに自分を信じて生きている人もいて、私はそういう人にはある種の畏怖を抱く。憧れというか、コンプレックスかな。
違う見方にぶつかると、すぐに足下からゆらゆらと揺らいでしまうからだと思う。
自分に対する疑いが強いってことは、裏を返すと自己肯定をしたいという欲求が高いってことだもんね。
だから自分の意見を伝えるときに説得するみたいになっちゃったりとか、納得させようとしちゃうところがあるんだろうな。そこは良くないから直したい。ただ伝えるだけでいいんじゃん。

自分が頼りなくて変えたいなと思っていたけど、私には自らを振り返ることなく信念を貫くような生き方は出来ないらしい。憧れもするけど、向いてないわ。
織物と同じかな。縦糸という芯は通しつつも、横糸には色んな糸が織り込まれていって良いと思うんだよね。
相手と同じ目線で話したいし、本当の意味で思いやりを持って接したい。
一緒に機を織って行けたら素敵なんだけどな。
うまく行かないこともあるけど、そういう時はほぐして織り直せばいいか。

疑って再確認して、ちょっとづつ形を変えて再構築しての繰り返し。
もしかしたら貫いているように見える人でもそうしていて、人によって振れ幅が違うだけなのかもしれないけど。
であれば、やっぱり振れ幅が大きい方を選ぶ。
飛躍するためにはとことん落ちることも必要だし、新しいものを作ろうと思えば、古いものは徹底的に一度壊した方がいい。
大変だけど、抜けたときは成長できているはずだから。
こうやって過去の蓄積から、人って少しずつ大きなものを飲み込んで行けるようになるのかも。
齢を重ねるってこういうことかしらね。

投稿者 melissa : November 14, 2008 01:07 AM


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