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November 18, 2008

感覚の違い

当たり前のことなんですが、人と話しているときに、自分とまったく違う見方をしているのを聞くと、あぁお互いに分かり合えた、理解できたと思えることの方が奇跡なのかと思う。
どちらの見方が正しいとか間違っているとかではなく、そもそも見ているものだったり、目線の高さが違うのかもしれないなぁ。
日本に生まれたっていう土壌は同じだったとしても、育った土地や周りの人間が人を育てるのだし。
同じ植物だって、育つ環境が数十センチでも離れていれば個体差が生まれるものね。
環境と触れ合う人たちの存在って大きいわ。

子供の頃は色んな情報を取り入れようとする動きの方が大きくて、大人になってくると取捨選択をする動きの方が大きくなるように思う。
そうやって自分の核になるものが作られるのだろうから良いと思うんだけど、器となるとまた別の話な気がする。
自分は自分として保ったまま、他者を受け入れ変化しようとする柔らかさが無いと成長が止まってしまう。
とはいえ、相手との相性もあるし、なかなか全てを受け入れるのは難しいですが。
同じことを話すにしても、言い方一つで受け止め方なんていくらでも変わる。
この辺りは経験を重ねていくしかないか。

理解しあうのは難しいなーと思う一方で、言葉にしなくても胸の内に抱えているものが感じ取れることもあって、そういう時は言葉を使おうとすると、逆に理解するのが難しくなることも…。
感覚で感じるものと言葉にギャップがあったりして、どちらを信じればいいのか分からなくなってしまう。
多分、本当は直感の方が正しい。でも人間不思議なもので、言葉に力を感じてしまうんだよね。
言霊っていうくらいだから当たり前か。
ごく小さなことから大きなことまであるけど、質量が感じ取れる程に近い存在に会うことは極まれだわ。
それこそ出会えたら奇跡よね。同じ時代に存在してくれてありがとうって、それだけでも感謝しないといけないね。
そんな時は魂というものの存在を信じたくなるわ。

投稿者 melissa : November 18, 2008 01:21 AM


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